落語家の瀧川鯉斗さん。
令和初の真打となった落語家さんで、イケメン落語家としても注目されています。
そんな瀧川鯉斗さんですが、元ヤンキーの経歴をお持ちなことが話題になっています。
この記事では、
瀧川鯉斗は元ヤンキー!
総長時代の写真がやばい!
やんちゃエピソード5選!
についてまとめてみました。
瀧川鯉斗は元ヤンキー!暴走族の総長だった!
イケメン落語家の瀧川鯉斗さん。
異色の経歴を持つ落語家と話題です。
総長なんて、筋金入りのヤンキーだね!
瀧川鯉斗さんは、16歳の時に地元名古屋の「天白スペクター」という暴走族に入りました。スペクターといえば、関東にもある暴走族だそうで、その名古屋支部なんだそうです。
そして、1年後の17歳の時、
天白スペクターの12代目総長に就任しました。
総長の就任は、前総長の11代目からの推薦だったそう。
ある日の集会で、11代目の総長から任命されたんです。暴走の出席率が良かったのが理由の一つ。それと、僕は『けつまく』っていうポジションが好きでよくやっていたので、それで『気合入ってるな』となったんです
引用:FRIDAY DISITAL
「けつまく」というのは、最後尾を走る役のこと。警察に追われた時には、一番先に捕まる可能性があるポジションだけに、「こいつ気合入ってるな」とまわりから認められたんですね。
小学校から中学までサッカーをやっていて、愛知県の選抜にも選ばれるほどの実力だった瀧川鯉斗さん。運動神経が半端なくすごいので、きっと喧嘩も強かったんでしょうね。
そして、182cmのスタイルとこのイケメンさです。オーラがすごそうです。きっと、総長を任せたいと思うすごいカリスマ性があったんでしょうね。
瀧川鯉斗の総長時代の写真がやばい!
暴走族の総長だった瀧川鯉斗さん。当時の写真がやばいんです。
当時の写真がこちらです。
なかなか気合の入った写真ですね。
特攻服姿で、これは、本物のヤンキーですね。かなりやんちゃしてたんですね。
顔は、今と面影があるイケメンですねー。
瀧川鯉斗のやんちゃエピソード5選!
暴走族の総長だったという経歴を持つ瀧川鯉斗さん。
かなりやばいやんちゃエピソードを紹介します。
1.小5でピアス
瀧川鯉斗さんが通っていた小学校は、すごく頭が良くてお医者さんになりたい!というような真面目な子と、とことんやんちゃな子の両方がいるピンキリの学校だったんだそうです。
その中で、瀧川鯉斗さんはやんちゃなほうのかっこいい先輩に憧れました。
悪いほうへの憧れに進んだ瀧川鯉斗さんは、なんと小5でピアスをあけたそうです。
小学生の頃から気合入ってますね。
2.中2でバイクを乗り回す
中学時代はサッカーをやっていて、愛知県のトレセンに選抜されるほどの才能だった瀧川鯉斗さんですが、バイクにもはまってしまい、夜はバイクを乗り回していたんだそう。
中学時代から無免でバイクを乗り回して、校庭をグルグル回ったりしていました。
引用:FRIDAY DISITAL
中学生からバイクで暴走、かなりのやんちゃぶりですね。
3.高校入学後、1日で退学!
中学からバイクを乗り回し素行が悪かった瀧川鯉斗さんは、高校はサッカーでのスポーツ推薦はもらえませんでしたが、母に泣きつかれ、高校へ進学します。
しかし、入学初日に上級生と喧嘩をして、なんと初日で退学になってしまいます。
母親に泣きつかれて高校には入学しましたが、上級生とケンカして1日で退学。それで、暴走のほうに力を入れるようになりまして(笑)。地元の『天白スペクター』に入りました
引用:FRIDAY DISITAL
4.天白スペクターの総長に就任
前述しましたが、瀧川鯉斗さんは天白スペクターという暴走族の12代目総長に就任しました。
暴走族だった、というだけでもかなりのインパクトの経歴ですが、総長ってすごいですよね。
「なりゆき街道旅」というテレビ番組に出演した時、やんちゃエピソードに触れ、
「スクーター集団で乗ってたんですよね」と暴走族の過去をオブラートにつつんで話し、
トップまでいきました、長に。長は15~6歳ですね。集団は2~300台ぐらいでスクーターを…やってましたね。大きめの協会でした
引用::スポニチアネックス
と話していました。
200~300人もいる暴走族だったということですよね。
その人数を束ねる総長というのは、すごいですよね。
喧嘩が強いとか、気合が入ってるとかだけではなくて、きっと人望があったんだと思います。
5.100人対100人の決闘を制す
天白スペクターに入り、12代目総長となった瀧川鯉斗さん。
さすが総長になるだけあって、喧嘩もかなり強かったようで・・・。
対立していた名古屋の暴走族と、100人対100人の決闘になったことがあるんだそう。
200人の決闘って、ものすごいですね。
そして、最後は総長のタイマン勝負になり、総長である瀧川鯉斗さんが相手をボコボコにして勝ったんだそうです。
ケンカもしょっちゅうです。総長時代には、犬猿だった名古屋市外の暴走族と、深夜の公園で100対100の決闘をしたこともあります。最後は、総長同士のタイマンで決着しました。僕がボコボコにして勝ちましたよ
引用:FRIDAY DISITAL
めちゃくちゃ強いですね。
まとめ
今回は、瀧川鯉斗は元ヤンキー!総長時代の写真がやばい!やんちゃエピソード5選!と題して、瀧川鯉斗さんのヤンキーだった経歴についてまとめてみました。
瀧川鯉斗さんは、暴走族の総長という異色すぎる経歴を持っていて、やんちゃエピソードもたくさんありました。
落語家として活躍の他に、モデルやテレビ出演など、幅広く活躍されている瀧川鯉斗さんでした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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